忍辱
2025/4/2
「忍辱」
毎朝、円覚寺の横田南嶺管長のYouTubeを聞いています。
今日の話のなかで「忍辱」(にんにく)という言葉が出てきました。
「自分にとってたとえ不都合なことが起こっても、耐え忍ぶこと」
という意味だと思います。
勉強面においても、この考え方は非常に重要だと思います。
すぐに結果を求めすぎ
特に受験生を指導していると、「応用問題」に接する機会が多くあります。
応用問題は、他の問題と比べて難しい。
そうした問題を前にした時、ある意味で
「その人の本性」
というものが現れるように思います。
「難しいから、わからない」
「解けないから、もういい」
といって、簡単に投げ出してしまう人。
こういう人は伸びません。
ある程度優秀な生徒の中でも、応用問題に対峙し、「解けない」という事実が突きつけられると
「問題が難しすぎる」
「教え方が悪い」
と言って、原因を「外」に向けてしまう人がいます。
こうした生徒も、ある一定のラインまではいっても、そこから伸びることはありません。
多くの生徒が、解けないとすぐにあきらめてしまう。
また、保護者の中でも、解けない問題があるとすると
「なぜ、今解けないんだ!」
と言って、子どもを責めてしまう。
残念ながら、そうした方もいます。
そのような様子を見ていると
「すぐに結果を求めすぎ」
ということを感じてしまいます。
「時間をかけて」身につけることもある
人間が成長する場合、何事においても
「壁」
というものが存在するように思います。
何度挑んでも、なかなか越えられない「壁」。
その「壁」を越えるには、反復練習が必要です。
繰り返し練習し、また挑戦する。
何度も挑み、跳ね返されながらも、繰り返し挑戦する。
その先に、いつか「壁」を乗り越える瞬間が訪れる。
そのようにして、人は成長していくのだと思います。
簡単にできることを、何度もやったところで、そこに成長はありません。
難しいことを、時間をかけて乗り越えていくところに、人間の成長というものはあるのだと思います。
そのためには「耐える」という時間が必要です。
何度跳ね返されても、あきらめず、耐えて結果を残す。
そうした姿勢というものが、生きていくうえでは大事なのではないか。
そう思っています。
いつの時代であっても
今の時代は「タイパ」「コスパ」という言葉がもてはやされるように、
「効率よく物事を進める」
ことが重視されているように思います。
確かにそれも大事なことだと思います。
ですが、
「泥臭く、一歩一歩を積み重ねる」
ということの重要性というものは、いつの時代であっても変わらない。
私はそう確信しています。
生徒たちには、安易な道を選ばず、
「地道に努力して、結果を残す」
ということを、勉強を通して学んでいってほしい。
そう思っています。
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