なぜ「勉強ができない」のか?
2026/10/23
勉強が、足りない
塾に関わる仕事を始めて、15年以上になります。
その中で、一番驚いたことがあります。
それは、
「中学生というのは、思った以上に勉強しないんだな」
ということです。
私自身、中学生の頃は、平日は毎日2時間勉強していました。
テスト前になれば、当然それ以上やる。
それが「普通」だと思っていました。
ところが、実際に多くの中学生を指導していく中で、
「みんな、思った以上に勉強していないんだな」
と感じています。
そしてこの感覚は、15年以上前から、ほとんど変わっていません。
宿題に対する姿勢
例えば宿題です。
私は、
「同じ問題を繰り返さなければ、できるようにはならない」
と思っています。
同じ問題を繰り返し解くことで、内容を理解し、身につけていく。
自分はそうやって勉強してきました。
ところが、生徒からは、
「なんで同じところをまたやらないといけないんですか~」
という反応が返ってくる。
正直、
「はぁ~?」
「まず結果を出してから、偉そうなことは言え」
と、心の中で思っています(たまに口に出る)。
また、
「授業中に解いた問題を、家でもう一度解き直す」
という形で出すと、授業中に解いたものをそのまま写真で送ってくる生徒がいます(それも結構な数)。
自分の中では、正直、そうした発想はなかったので
「くだらねーことしているな…」
と、半ば呆れています。
もちろん、こちらの意図は、
「繰り返し解いて、定着させること」
です。
しかし本人としては、
「言われたから、とりあえず出せばいい」
という感覚なのでしょう。
このような、「人が見ていないところで手を抜く」ような姿勢では、何をやっても、ものになるとは思えません。
「できない」のでなく「やっていない」
こうした子どもたちの様子を見るにつけ、私は、
「勉強ができない」
という子の多くは、実際には、
「できない」
のではなく
「やっていない」
だけだと思ってしまいます。
勉強時間が少ない。
繰り返しもしていない。
直しもやっていない。
そのくせ、
「成績を上げたい」
「点数を取りたい」
と言う。
「それはちょっと、虫のいい話ではないのかな」
と感じてしまいます。
「結果が欲しい」のであれば、「それに見合った努力」が必要です。
私自身、小さい頃に言われたのが
「人よりも先んじたければ、人よりも努力しろ」
ということです。
この言葉は真理だと思っていますし、実際に自分が仕事をしている中でも心がけている言葉です。
安曇野で塾を始めて10年以上になりますが、
「質も量も、十分に努力しているな」
と感じた生徒は、正直片手で数える程度です。
なので、少し寂しい気持ちになります。
「お前ら、もっと勉強(努力)しろよ!」
「せっかくの時間、無駄に使うんじゃねーよ!」
と感じてしまいます。
期待半分、不安半分
「勉強ができない」
「自分はバカだから」
と、ただ嘆く前に、一度
「そもそも十分に努力しているのか」
ということを、考えてみてほしい。
勉強していないのに、できるようにはなりません。
繰り返していないのに、定着もしません。
大した努力もせずに、大きな結果だけを求める。
そうした「甘い」考えを持った大人にはなってほしくないな、と心の底から願っています。
これから先、
「もっとできるようになりたい」
「もっと上を目指したい」
という向上心を持った生徒にどれだけ出会えるか。
期待半分、不安半分の気持ちです。
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