「推敲」する
2025/10/1
推敲とは
「推敲」
(意味)詩や文章を作るにあたって、その字句や表現を練り直したりすること
故事成語になります。由来については、各自で調べていただくとして…
文章を書く上で、「推敲」ということは非常に重要です。
一発で「自分が納得のいく文章を書ける」ということはほぼありません。
私自身、このブログをアップする際には、最低一度は全体を読んで確認するようにしています。
自分が書いたものを見直すことで、
「この部分はこの表現がいいかな」
「ここはわかりにくいから、別の表現に変えたほうがいいかな」
「同じことを言っているから、この部分は削ろう」
というように、自分の書いた文章が磨かれていくのを感じます。
「書きっぱなし」の生徒たち
このように、日々「推敲」している自分の目から見ると、生徒たちの書いている文章には、非常に物足りなさを感じます。
特に感じるのは
「一度書いたから、それで終わり」
「言われたから、書いている」
というような内容の文章です。
「書きっぱなし」という感じです。
こうした文章は、「何を言いたいのか、よくわからない」です。
なので、後で生徒に、自分で書いた文章を見せて
「これは一体何が言いたいの?」
と聞いてみます。
すると
「わかりません…」
との解答。
書いた本人がわからないものを、他人がわかるはずがありません。
これでは、「書く力」はつきません。
「自分が書いたもの」に責任を持つ
「記述力がある生徒」に記述の問題を解かせてみると、
「自分の書いた文章と解答を、しっかりと見比べている」
ということをしています。
こうした「推敲」ができる生徒は、練習を繰り返していく中で成長していきます。
一方、「記述が苦手だから、記述問題をやる」と言っている生徒の様子を見ていると、
「書いて、答えを見て、○✕つけて終わり」
という感じです。
そして、多くの場合で「○」がついているのですが、こちらで見返してみると、全然「○」の内容ではない。
「自分が書いた内容について、吟味する」
ということをしていません。
こうした練習を繰り返しても、いつまでたっても上達していきません。
生徒たちには
「自分が書いたものについて、もう少し責任を持ちなさい」
という話をしています。
「言われたから、書いている」
という姿勢でやっていては、いつまでたっても成長しません。
「推敲する」ということを、もう少し意識して勉強に励んでほしいと思います。
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まったく話は変わりますが、私の兄が
に挑戦しています。

興味のある方は、ぜひご協力いただければと思います。
よろしくお願いいたします。