いい時代は弱い人間を作る
2025/10/2
いい時代は弱い人間を作る
最近、このような言葉を目にしました。
いい時代は弱い人間を作ってしまう。だが弱い時代が強い人間を作り、その強い人間が強い時代を作る。そして強い時代がまた弱い人間を作る
「時代の循環」を表す言葉だそうです。
いい時代には、人間は甘えが出てしまうため、弱くなってしまう。
そうした弱い人間が多くなると、社会自体が弱くなり「弱い時代」となる。
ただ、弱い時代になると、甘い人間は生き残れないため、強い人間が育っていく。
すると、「強い時代」がやってくる。
ただ、強い時代が続くと、また弱い人間が生まれてくる。
「人間社会はその繰り返し」ということを言いたい言葉なのだと思います。
小善は大悪に似たり
小善は大悪に似たり 大悪は非常に似たり
こちらは、稲盛和夫氏の言葉として知られています。
表面的な優しさというものは、時に人を傷つけ、ダメにする。
一方で、厳しい態度というものは、その瞬間は辛く感じられるかもしれないが、長い目で見ると、人を成長させる。
そのような意味だと思います。
「弱い人間」を育てていないか?
自分が小さい頃は「昭和な時代」でした。
怒鳴られるのは普通。私自身はあまり経験しませんでしたが、「体罰」も普通にあった時代でした。
個人的にはそうした風潮が大嫌いだったので、
「自分が大人になった時には、こうした指導は絶対にしないようにしよう」
と思った記憶があります。
時は流れ、今はそうした指導をすると「社会問題」になる時代となりました。
「非常にいい時代だな」と思う、その一方で、
「ちょっと甘すぎやしないか」
と感じる部分があります。
たまにあるのですが、入塾面談をしている時に
「うちの子は怒られるとダメなので、優しく接してください」
と依頼される保護者の方がいます。
表向きは「承知しました」という顔をしていますが、心の中では
「はあ、そうですか…」
と感じてしまいます。
無理に怒鳴ったり叩いたりする必要はありません。
ですが、子どもたちはまだまだ未熟な部分が多いです。
そうした未熟な子どもたちが、誤ったことをしたのならば怒るというのは、大人として当然のことではないのか。
それを「優しく諭せ」というのは、ちょっと違うかな、と個人的には思います。
また、長年指導していて感じるのは
「この子をよくしたい」「伸ばしたい」
と思うと、どうしても厳しい指導になってしまう、ということです。
「弱い時代は弱い人間を作る」
ではないですが、厳しい環境を乗り越えてこそ、人は成長することができる。
この歳まで生きてくると、そのことを強く感じます。
なので、
「子どもたちに成長してほしい」
と思うと、どうしてもある程度の「厳しさ」を持たざるを得ない。
そのように感じます。
今の時代は、優しさが過ぎるあまり
「弱い人間」
を育てていないだろうか。
先に挙げた言葉を見て、そのようなことを思いました。
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