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詰め込み教育

「詰め込みこそ真の教育である」について

2026/7/21

「ドラゴン桜2」より

マンガ「ドラゴン桜2」の中に、桜木健二の印象的な言葉があります。

「詰め込みこそ真の教育である」

この言葉には、賛否両論あると思います。

「今さら詰め込み教育なのか」
「昔の教育に戻るだけではないか」
「子供の自主性を奪うのではないか」

そう感じる方もいるでしょう。

ただ、個人的には、この言葉にほぼ同意しています。

もちろん、「何でもかんでも、ただ覚えればよい」と言いたいわけではありません。

しかし、小中学生の時期においては、まず基礎知識をしっかり身につけることが非常に重要だと感じています。

詰め込み教育への批判

これまで、日本の教育では「詰め込み教育」が問題視されてきました。

知識を一方的に覚えさせる。
先生に言われたことだけをこなす。
自分で考える機会がない。
自分の意見を表現できない。

こうした批判がありました。

その反省を受けて、現在の学習指導要領では、「思考力・判断力・表現力」が重視されています。

小さいうちから、自分の考えを持つ。
自分の意見を表現する。
主体的に学ぶ。
自主性を育てる。

そうした方向に教育が変わってきました。

言葉だけを聞けば、とてもよいことのように思えます。

私も、「自分で考えられる子を育てる」という考え方には賛成ですし、それを目指して指導しています。

ただ、問題はその理想を掲げた学校教育の「結果」です。

現場では学力格差が広がっている

現場で小中学生を見ている感覚で言えば、現在の学習指導要領によって、学力格差が広がっているように感じます。

「自分の考えを述べる」
「自分で判断する」
「自分の意見を表現する」

こうしたことができるのは、結局、ある程度の知識を持っている子です。

テストで点数が取れる生徒。
基礎学力がある生徒。
語彙があり、知識があり、文章を読める生徒。

そうした子は、自分の考えを述べることができます。

一方で、学力が低い生徒はどうでしょうか。

知識が足りない。
語彙が足りない。
どのように自分の考えをまとめればいいか、わからない。

その状態で、

「自分の考えを述べなさい」
「主体的に学びなさい」

と言われても、かなり厳しいものがあります。

実際にそうした生徒に「自分の考えを言ってみよう!」と伝えても、困った様子でもじもじしています。

知らないことは、表現できません。

材料がなければ、考えることもできません。

その結果、できる子はどんどん伸びる。

できない子は、何も身につかないまま放置される。

そうした状況が生まれているように感じます。

覚えているから、後から理解できることもある

勉強では、

「まず理解してから、内容を覚える」

のが理想です。

意味も分からず、ただ丸暗記するだけでは、本当の学力にはなりません。

しかし、その一方で、すべての内容を最初から理論立てて理解するのは難しいとも感じます。

最初はよく分からない。
でも、解き方を何となく覚える。
同じような問題を何度も解く。

そのうちに、

「ああ、そういうことだったのか」

と後から理解する。

覚えるのが先で、理解が後から追いついてくる。

こういうことは実際にあります。

「覚えること」は、理解の敵ではありません。

むしろ、理解するための土台になることもあります。

理想的な教育は、上位層に有利になりやすい

以前、現在の学習指導要領が始まる前に、その方向性を主導した官僚の方の講演を聞いたことがあります。

その方は、タブレットを使った学習について話していました。

タブレットを使えば、生徒一人ひとりが自分のペースで勉強を進められる。

それによって浮いた時間で、総合学習に取り組むことができる。

結果的に、自分で考える力が身につく。

実際の授業の様子も、動画で紹介されました。

その話を聞いた時点では、

「まあ、そういう進め方もありなのかな」

と思いました。

しかし、その後に聞いた塾のコンサルをしている先生の講演が、非常に印象に残っています。

その先生は、官僚の方が帰ったのを確認してから、開口一番、

「あんなの信じちゃだめですよ」

と言い放ちました。

そして、このような趣旨の話をされました。

「動画に出てきたモデル校は、もともと学力が高めの生徒が多い学校である」
「さまざまな学力層が混在している全国の公立中学校で、あのような指導をしていたら、生徒たちは絶対に落ちこぼれる」
「これから学校があてにならなくなる以上、塾が今まで通りに子供たちに詰め込み教育をしていかなければ、子供たちの学力は担保できない」

その言葉を聞いたとき、私の現場感覚としては、そのコンサルの先生の意見の方がしっくりきました。

耳障りのよい言葉に流されない

「アクティブラーニング」
「主体的な学び」
「思考力・判断力・表現力」

こうした言葉は、とても耳障りがよいです。

いかにも新しく、理想的な教育のように聞こえます。

しかし、それがすべての子供にとって本当に有効なのかは、現場の生徒たちの様子や学力を踏まえて、冷静に考える必要があります。

学力が高い生徒であれば、自分で考え、自分で調べ、自分でまとめることができます。

しかし、勉強が苦手な生徒に、

「自分の意見を述べなさい」
「答えのない問題について考えなさい」

と言っても、困惑してしまうことが多いです。

何を考えればよいのか分からない。
どう書けばよいのか分からない。
そもそも前提となる知識がない。

その状態で自由に考えさせようとしても、そもそも「考えるネタがない」という感じがします。

むしろ、

「この内容はこう」
「この問題の答えはこう」

と、明確な答えがある内容をしっかり教えた方が、子供たちは不安にならず、迷わず取り組めます。

特に基礎学力がまだ十分でない子にとっては、その方が必要な場合が多いと思います。

基礎知識なしに考えることはできない

「詰め込み教育」という言葉には、どうしても悪い印象があります。

ただ、私は小中学生の段階では、ある程度の詰め込みは必要だと思っています。

漢字を覚える。
英単語を覚える。
計算を身につける。
理科・社会の重要語句を覚える。
文法を覚える。

こうした基礎学力を、決して軽視すべきではありません。

なぜなら、それらが考えるための材料になるからです。

知識があるから、考えられる。
言葉を知っているから、表現できる。
基本の解き方を知っているから、応用問題にも挑戦できる。

逆に、基礎知識がない状態で、

「考えなさい」
「表現しなさい」

と言われても、それは無理があります。

いわば、材料を渡さずに料理を作れと言っているようなものです。

まず材料をそろえる。
道具の使い方を覚える。
基本の手順を身につける。

その上で、初めて自分なりの工夫ができるようになります。

勉強も同じです。

「ただ覚えるだけ」は問題だが

もちろん、「何でもかんでも、ただ覚えるだけ」でよいとは思いません。

意味を考えずに丸暗記する。
答えだけを覚える。
なぜそうなるのかをまったく考えない。

これは確かに問題です。

しかし、それと同じくらい問題なのは、基礎知識も教えずに、

「自分の考えを述べてみよう」

と子供に要求することです。

これは、かなり無理があります。

特に勉強が苦手な子にとっては、「無理ゲー」に近いです。

まずは、知識を入れる。
まずは、型を覚える。
まずは、基本問題を解けるようにする。

その上で、少しずつ考えさせる。

この順番が大切ではないでしょうか。

小中学生には、まず土台を作ること

小中学生の時期は、基礎学力を身につける時期です。

もちろん、自分で考える力も大切です。

表現する力も必要です。

しかし、それらは基礎知識の上に成り立つものです。

土台がないまま、立派な建物を建てることはできません。

同じように、基礎学力がないまま、思考力や表現力だけを伸ばすことは難しいです。

だからこそ、私は「詰め込みこそ真の教育である」という言葉に、かなり共感を覚えます。

「詰め込み」という言葉は乱暴に聞こえるかもしれません。

しかし、小中学生の時期に必要な知識をしっかり入れること。

基本を反復し、型を身につけること。

その積み重ねが、後の思考力や表現力につながるのだと思います。

子供たちに本当に考える力をつけさせたいのであれば、まずは考えるための土台を作ることです。

その意味で、基礎知識を身につける教育は、決して古いものではありません。

むしろ、学力格差が拡大している今だからこそ、見直すべきものではないか。

小中学生を現場で教えていると、そのように感じます。

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