「やらせすぎ」は才能を潰す
2025/10/20
ドイツのサッカークラブの視点
先日、このようなネット記事を見ました。
「何事も「やらせすぎ」は才能を潰す。ドイツ地域クラブが実践する“子供が主役”のサッカー育成」
サッカーの育成年代においては、
「どれだけ優秀な選手を、より上のランクのクラブチームに送り込めたか」
という点で評価されている、という現状があります。
その一方で、小さいうちに子どもたちにあれこれ教えすぎてしまい
「子どもたちが自由に『サッカー』を楽しむ機会を、奪っていないか」
という問題点を指摘する内容でした。
この指摘は、「勉強面」でも当てはまるものだと感じています。
「大人」が手をかけすぎていないか
日頃、生徒たちと接していて感じるのは、
「今の子どもたちは、非常に環境が整っていていいな」
ということです。
わからないことがあれば、すぐにネットで調べられる。それも無料で。
今の時代、調べようと思えば、大抵のことは見つけることができます。
また、塾に通っていれば、先生が一から十まで懇切丁寧に面倒を見てくれる。
我々の時代は、特に田舎の場合、かなり情報は限られていました。
「ネット」なんてなかったから、わからない問題があったら、先生に聞くか、自力で何とかするしかない。
そうした状況で育ってきた身からすると、
「今の子どもたちは、恵まれているよな」
と思います。
その一方で、
「大人があれこれ先にやり過ぎ」
てはいないだろうか。
そのようにも思います。
「子どもたちに失敗させたくないから、先にあれこれと手を打つ」
それはいいことではあるのですが、それが行き過ぎるあまり、
「大人が子どもたちに『手をかけすぎている』」
ということはないだろうか。
また、子どもたちの立場からすれば、
「環境に恵まれすぎていて、『自分で考える』力を失っていないだろうか」
ということを、一方で危惧しています。
「失敗から学ぶ」
人生において
「失敗から学ぶ」
という経験は、非常に重要です。
うまくいっている時、人はあまり深く考えません。
うまく行っていない時にこそ、人は
「どのようにすればいいのか」
ということを、真剣に考えます。
成功は常に苦心の日に在り、敗事は多く得意の時に因ることを覚る(さとる)べし。
という言葉があります。
成功は、苦しんだ日々の先にある。
一方失敗は、うまく行っている時に、油断した時に起こる。
そのような意味だと思います。
子どもたちに失敗をさせずに、「順調に」成長させるということは、本当の意味での子どもたちの「成功」の機会を失わせることになるのではないか。
今回のネット記事を読んで、そのようなことを感じました。
「先」を見る
私は、あまり生徒に
「教えすぎない」
ように心がけています。
まずは「自分の頭」で考える。
そのように仕向けています。
それで失敗してもいいと思っています。
極端な話になりますが、
「高校入試で失敗しても構わない」
そのくらいに考えています。
長い目で見た時に、
「志望校に合格したことで満足し、その後高校で全く勉強しなくなる」
生徒と
「高校入試には失敗したが、高校3年間がんばって、意中の大学に進学した」
生徒。
どちらの方が、その子にとっていい人生となるのか。
そこまで考えて指導しなければならない。
そう思っています。
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