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「普段話しているのだから、国語なんて出来なきゃおかしい」は本当か?

2025/3/4

たまに聞く意見

面談をしていると、たまに

「普段日本語使っているのに、国語ができないのはどういうことか?」

「普通に話しているのだから、国語で平均点いかないのはおかしい」

という意見を聞くことがあります。

国語を苦手にする生徒の保護者、特に父親からの意見として多いです。

「まあ、確かにそれも一理あるな」

と心の中で思いつつも、いちいち反論すると、やぶ蛇になりそうなので

「愛想笑いでごまかす」

ことでその場を収めています。

では、実際に

「日本語を話せるのだから、国語が出来なきゃおかしい」

というのは、事実なのでしょうか。

話が通じても

結論から言えば、

「それは違う」

というのが、私の意見です。

確かに、日本人であれば、ほぼ全員が日本語を話せます。

ですが、

「日本語が話せる」

ということと、

「国語で点数を取る」

というのは、かなり性質が違うことのように思います。

「日本語が話せる」

というのは、もう少し具体的に言えば

「日本語によって、相手とのコミュニケーションが取れる」

ということになるのだと思います。

この際、それほど正確な日本語が使えなくても、意味は通じることが多いです。

「ちょっと言葉足らずであっても、大まかな意味をつかむことによって、相手の意図を理解する」

これは、「話し言葉」であれば十分に可能です。

「書く」というのは、高度な技術

一方、

「国語で点数を取る」

ようにするには、

「書く」

ということが重要になります。

現代を生きる私達は「書く」ということを、ごく当たり前に行っています。

ですが、つい最近までは、実は「書く」ということは、「難易度の高いこと」であったように思います。

私の好きな映画、金田一耕助シリーズの中に

「悪魔の手毬唄」

という作品があります。

その中で「放庵」という人物が出てきます。

この人物、字がかけないので、金田一耕助に代筆を頼む、というシーンがあるのですが、それを見るたび

「字を書く、というのは、実は高度な技術なんだな」

ということに気付かされます。

義務教育がしっかりしている現在は、「字が書けない」という日本人は、ほとんどいないと思います。

ですが、一昔前は、そうした人が一定数いた。

字が書けない人であっても、

「日本語を話す」

ことはできます。

なので、小さい頃から日本語に接している日本人にとっては、

「話すことは、書くことよりも簡単」

ということが言えるのではないか。

また、自分の意見を書いて表現するには

「それなりの訓練を必要とする」

のではないか。

そのように感じています。

国語で点数を取るためには、

「自分の考えを、正確に書き表す」

力が必要となります。

なので、

「普段話しているのだから、国語なんて出来なきゃおかしい」

という意見に対しては、

「違うと思う」

というのが、私の結論になります。

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