「長所を伸ばす」だけで、本当に大丈夫なのか
2026/6/15
「長所を伸ばす」
勉強が苦手な子を指導する際、
「短所を直すよりも、長所を伸ばした方がよい」
と言われることがあります。
日本では、できている部分よりも、できていない部分に目が向きやすい。
苦手なところを見つけては、それを直そうとする。
その結果、子どもは注意されることばかりが増え、ますます勉強を嫌いになってしまう。
だからこそ、まずは得意なことを認め、その長所を伸ばしていくべき。
この考え方には、確かに納得できる部分があります。
実際、私も勉強が苦手な生徒に対して、
「まずは得意な教科で点数を取れるようにしよう」
と指導することがあります。
すべての教科を一度に伸ばすのは難しい。
そこで、比較的取り組みやすい教科に絞り、結果を出す。
点数が上がれば、自信がつきます。
自信がつけば、ほかの教科にも取り組みやすくなります。
その意味で、「長所を伸ばす」という考え方は大切だと思います。
現実には
ただ、実際に多くの生徒を指導していると、それだけでは対応できない場合もあります。
現実には、勉強面において、「長所」と呼べるものが見つからない生徒もいるからです。
たとえば、小学6年生になっても九九が十分に言えない。
小学校低学年で習う漢字が読めない。
言葉を知らないため、こちらの話している内容が理解できない。
こうした状態の子に対して、「長所を伸ばしましょう」と言われても、
「では、具体的に何をすればよいのか」
判断できないことがあります。
もちろん、勉強以外の面に目を向ければ、長所はあります。
そうした長所を認めることは、とても大切です。
ただし、それと、「基礎的な学力を身につけなくてもよい」ということは、別の話です。
「勉強なんてできなくてもいい」
そう割り切る考え方もあるかもしれません。
しかし、小学校低学年程度の漢字や計算が十分に身についていなければ、将来、社会に出た時にかなり苦労することになると思います。
日常生活や仕事の中では、最低限の読み書きや計算が必要になる場面が数多くあります。
そのため、本人が嫌がっているからといって、「すべてを子供の意思に任せてよいのか」という疑問があります。
場合によっては、ある程度大人が働きかけ、半ば強制的にでも、漢字や計算を練習させる必要があるのではないかと思います。
私には子供がいないので、正直親の気持ちはよくわかりませんが、もし我が子が基本的な勉強でつまづいていたら
「大人になった時が心配だな」
「子供のうちに、何とかしてあげたい」
と思うのは、親として自然な感情なのではないか。
そんな気がします。
「大人が責任を持つ」ということ
「長所を伸ばす」という言葉は、確かに正しいと思います。
一方で、それだけを強調すると、本当に勉強で困っている子供を取り残してしまうことになりかねません。
教育について外から語る場合と、目の前の子供を実際に指導する場合とでは、見える景色が違います。
本当に勉強が苦手な子に対しては、「好きなことを伸ばせばよい」と言うだけでは不十分な気がします。
大人が責任を持って、将来必要になる力を見定める。
そして、子供が今は理解できなくても、最低限の基礎知識を身につけられるように導く。
そうした役割も、大人にはあるように思っています。
最近は、子どもの気持ちを尊重することが重視されています。
それ自体は、とても大切なことです。
ただ、「尊重すること」と、「すべてを子供任せにすること」は違います。
「無理をさせない」
「苦手なことを強制しない」
「長所だけを伸ばす」
こうした言葉が、子供のためを思った結果ではなく、大人が厳しい役割を避けるための言葉になっていないか。
少し立ち止まって考える必要があるように思います。
学力格差が広がる背景には、家庭環境や経済状況など、さまざまな要因があります。
ただ、その一つの要因として、子供たちに基礎学力を身につけさせる責任を、大人が十分に果たせていない場合もあるのではないでしょうか。
長所を認め、伸ばしていく。
同時に、将来困らないための最低限の学力は、少し無理をさせても身につけさせる。
その両方を考えて判断していくことが、本当に子供のためになるのではないかと思います。
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