「やばい」はやばい
2026/6/12
「やばいです」
テストも近くなってきたので、とある生徒に、最近の数学の学習状況を聞いてみました。
「どう?数学の調子は?」
すると、返ってきた答えは、
「やばいです…」
でした。
まあ、あまり良くない状況なのだろう、ということは察しました。
そこで、もう少し具体的に聞いてみました。
「何がやばいの?」
「どのあたりがやばいの?」
しかし、返ってくる答えは、やはり、
「やばいです…」
の一点張り。
まずい状況だということはわかりました。
しかし、具体的に、何がどうまずいのかは、最後までよくわかりませんでした。
ちなみに、この生徒の学力は低めです。
便利な言葉だが
このやり取りをしながら、改めて思いました。
「やばい」という言葉は、本当に便利です。
基本的には、「よくない」「まずい」という意味で使われていると思います。
「テストがやばい」
「成績がやばい」
などなど。
この場合、何となく悪い状況であることは伝わります。
一方で、「やばい」は良い意味でも使われます。
以前、甥っ子がおいしいものを食べた時に、
「やばっ」
と言って感激していました。
最初は、「何がやばいのだろう」と思いましたが、どうやら「すごくおいしい」という意味だったようです。
なるほど。
そういう使い方がヤングなのか。
妙に感心してしまいました。
つまり、「やばい」は、悪い意味でも良い意味でも使える、非常にオールマイティーな言葉です。
なので、とても便利です。
若い人達を中心に、連呼したくなる気持ちはわかります。
便利さに、潜む罠
ただ、ここに問題があります。
何でも「やばい」で済ませてしまう。
そうすると、語彙が増えていきません。
先程の生徒のように、
「勉強がやばい」
と言われれば、大まかな状況はわかります。
しかし、それだけでは具体的な状況がつかめません。
どこがわからないのか。
何ができないのか。
どうしてほしいのか。
そこがわからなければ、こちらもアドバイスのしようがありません。
生徒たちと話をしていて、苦労するのはこの部分です。
学力が低い生徒は、とにかく言葉を知らない。
こちらとしては、何とかアドバイスをしたい。
しかし、言葉を知らないため、こちらの説明がうまく伝わらないことがあります。
もちろん、できるだけわかりやすい言葉で説明するように努力しています。
ただ、「わかりやすい言葉」にも限度があります。
あまりにも言葉をかみ砕きすぎると、伝えたい内容が伝えきれません。
その結果、どうしても通り一遍の説明になってしまいます。
「まずは覚えよう」
「もう一度やってみよう」
「ちゃんと確認しよう」
このような言い方で終わってしまいます。
本当は、もっと具体的なアドバイスをしたい。
しかし、それを受け取るだけの言葉の力がないと、細かいアドバイスが届きません。
これは、かなり大きな問題だと思っています。
覚えてほしいが…
中学生の段階で、ある程度の成績を取っている生徒でも、言葉を知らない生徒は、全体的に伸び悩むように感じます。
解説の内容が理解できない。
自分の状態を言葉でうまく説明できない。
間違えた理由の分析が甘い。
こうなると、学習の質がなかなか上がりません。
一方で、言語能力の高い生徒は、後半で一気に伸びることがあります。
言葉を理解する力がある生徒は、解説の理解も速いです。
質問の仕方も適切です。
自己分析も正確にできています。
だから、成長スピードも速いです。
私は学生時代、知らない言葉が出てきたら辞書で調べるようにしていました。
辞書で地道にわからない言葉を調べていくうちに、少しずつ語彙が増えていったように思います。
そうした経験があるので、生徒たちには、継続的に
「辞書を引いて、語彙を増やす」
ように伝えています。
ただ、言ってもなかなかやりません。
やり続ければ、絶対に力がつくのに…。
ここがもどかしいところです。
高まる、言語能力の重要性
それでも、これからの時代を考えると、言語能力の重要性はますます高まっていくように思います。
多くの識者が、
「AI時代には言語能力が重要になる」
と言っています。
私も、その通りだと感じています。
AIを使う場合、言葉で指示を出す必要があります。
何をしたいのか。
どういう結果がほしいのか。
返ってきた回答をどう読み取るのか。
回答を修正する場合、どう伝えるのか。
すべて言葉が関わります。
だからこそ、生徒たちには、目の前のテストだけでなく、これから先の時代のことも考えて、
もっと「言葉」を覚えること
に前向きになってほしいと思っています。
「やばい」は、確かに便利な言葉です。
しかし、何でもかんでも「やばい」で済ませていると、本当にやばい。
自分の状況を正確に伝えるためにも、
相手の話をきちんと理解するためにも、
そして自分の考えを深めるためにも、
語彙を増やすことは欠かせません。
言葉を増やすことは、学力を伸ばすことにもつながります。
そして、それは将来、自分自身を助ける力にもなるのだと思います。
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