「ガリ勉を非難してはならない」
2023/6/12
毎朝読んでいる「稲盛和夫一日一言」。
6月10日「自分に打ち勝つ」というテーマの中で、このような言葉が載っていました。
「ガリ勉を非難してはならない」
「ガリ勉とは、遊びに興じたり、テレビを見たりという、目先の快楽に打ち勝つことだ」
「我が意を得たり」と思いました。
努力を「けなす」風潮
自分が中学生の頃、このような風潮がありました。
「努力をせずに、結果を残すことがかっこいい」
私自身は、様々な伝記を読む中で
「偉人というのは、周りの人以上に努力をすることによって、偉業を成し遂げてきた」
ということを、子どもながらに感じていました。
その一方で、周りの同年代の人達の中には、
「努力して何かを得ることはカッコ悪い」
「なにもせず、才能だけで結果を残すことこそ、かっこいい」
という空気が流れていました。
当時の自分は、それなりに勉強をしていたと思います。
なので、周りの「努力をしない」人達から見たら、もしかしたら浮いていたかもしれません。
そのことで悩んで、一度、まったく何も準備をせずにテストに臨んだことがあります。
結果はボロボロでした。
「やっぱりしっかりと努力をしないと、結果なんて出ないよな」
そう思いました。
そしてこの思い出が、今、自分が塾を開いている原動力の1つになっている気がします。
「ガリ勉」はダメなのか?
日本では、「ガリ勉」というと、悪いイメージがあります。
これは、世界的に見ると、おかしなようです。
世界では、勉強して出世した人は、尊敬の眼差しで見られます。
一方、日本では、勉強して出世した人に対して
「あいつは、若い頃勉強しかしていなかった」
「勉強以外は、何もできない」
といって、バカにする風潮が一部あるような気がします。
その一方で、部活ばかりやって、スポーツなどで結果を残すと、
「素晴らしい!」
と、手放しで褒める。
勉強であれ、部活であれ、同じ「1つのことに努力する」という面では変わらないと思います。
なのに、それが「勉強」だとバカにされ、「部活」だと称賛される。
「部活」であれば、
「1日8時間練習しました」
と言えば、
「よくがんばってるね~」
と称賛されるのに、これが
「1日8時間、勉強しました」
になると、
「あいつはちょっと頭がおかしいんじゃないか」
と陰口を叩かれる。
この差は一体何なのだろう。
そう思います。
「努力」こそ成長の原点
私自身が中学生の時に味わった、努力を「けなす」風潮。
そうした「悪しき空気」を打破するために、私は塾をやっている面があります。
うちの塾は、「学習量」にはこだわります。
はっきりいって、私の教え方は、大したことはありません。
学校の先生方や他の塾の先生方の方が、上手です。
ですが、「勉強量」だけは負けないように、生徒に勉強させるようにしています。
漫画「スラムダンク」の、海南大付属監督、高頭力の言葉。
「海南は、よそのどのチームよりも練習している。そして、その中でもスタメンを勝ちとった連中は、それこそ血のにじむような努力を重ねてきたんだ」
「海南(うち)に天才はいない。だが海南(うち)が最強だ」
この言葉が、うちの塾のモットーでもあります。
1つの目標に向かって努力することの尊さ、素晴らしさ。
そうしたものを、1人でも多くの生徒に感じてほしい。
そう思っています。
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