英語教育の「理想」は何か
2026/5/27
「教育系動画」がずらり
最近、教育系のYouTubeを見ているせいか、やたらと教育系の動画がおすすめに上がってくるようになりました。
しかも、自分が興味を持ちそうなテーマが次から次へと出てくるので、キリがありません。
その中で、先日「中1の英語が難しすぎる問題」というテーマの動画が上がっていました。
この問題については、以前から私も散々こちらのブログ等で訴えてきました。
小学校の英語と中学校の英語がうまくつながっていない。
中学に入った途端、英語が急に難しくなり、1学期の段階で英語嫌いになる子が増えている。
いわゆる「中1ギャップ」の問題です。
小学校では、「英語に親しむ」ことが中心です。
ところが中学校に入ると、急に単語を書かされ、文法を学び、テストで点数を取ることが求められます。
しかも「ある程度、小学校で習ってきているから、このくらいは知っていて当然でしょ」という教科書になっている。
この「激しい落差」についていけない生徒は、かなり多いと感じています。
こうした状況を受けて、次回の学習指導要領の改訂では、英語の内容が今よりも少し易しくなるのではないか、という話もあるようです。
今回の英語教育の難化で、一番の問題だったのは、
「学校教育を改善すれば、英語を話せる日本人が増える」
と考えたことではないかと思います。
個人的には、この考えそのものが、かなり幻想に近かったのではないかと感じています。
日本人が英語を話せない理由
なぜ日本人は英語を話せないのか。
答えは、かなり単純だと思います。
「勉強時間が少ない」からです。
もちろん、学習内容にも課題はあると思います。
しかし、それ以前に、日本人が英語を習得するには、そもそもかなり多くの時間が必要です。
言語には、似ている言語と似ていない言語があります。
例えば、日本語と中国語には漢字という共通点があるので、何となく意味がわかることがあります。
英語とフランス語も、語彙や文法の面で近い部分がありそうです。
一方で、日本語と英語は、かなり距離のある言語です。
そのため、日本人が英語を習得する場合、英語に近い言語を母語とする人たちに比べて、時間がかかるのは当然です。
一説には、日本人が英語を話せるレベルで習得するには、かなり膨大な学習時間が必要だと言われています。
よく
「中学・高校と6年間も英語を勉強したのに、まったく話せるようになっていない」
と言われます。
が、実際には
「中高の授業時間だけでは、英語を自由に使えるレベルに達するには、まったく足りない」
のだと思います。
つまり、日本人の特性を考えると、
「中学・高校の学校英語だけで英語をペラペラ話せるようになるのは、かなり厳しい」
ということです。
ここを冷静に踏まえた上で、
「では、子どもたちにどのような英語教育をしていくべきか」
を考える必要があります。
「目的」を明確にする
一つヒントになるのは、大人になってから英語を話せるようになった人たちの体験談です。
そうした人たちに共通しているのは、
「目的がはっきりしている」
という点です。
例えば、医学を学ぶために海外留学が必要なので、医療に関する議論についていけるだけの英語力が必要だった。
あるいは、ビジネスで英語が必要になり、自分の業種について英語圏の人に指示を出せる程度の英語力が必要だった。
このように、
「なぜ英語を習得する必要があるのか」
が明確です。
目的があるからこそ、必要な分野に絞って勉強できます。
だからこそ、実際に使える、最低限の英語力が身についていくのだと思います。
一方で、日本の学校教育では、全員に同じように英語を教えなければなりません。
学力差も大きく、将来の目標もはっきりしていない生徒が多い中で、
「万人に効果的な英語教育」
を設計するのは、非常に難しいことです。
日本の英語教育は、よく「文法中心」「読解中心」「暗記中心」と批判されます。
しかし、目的から逆算して考えると、これはある意味で当然の形だと思います。
学校教育の一つの到達点は大学です。
そして大学では、海外の文献を読む力が求められます。
そう考えると、文法を学び、英文を正確に読む力を鍛えることには、十分な意味があります。
また、現場でさまざまな学力層の生徒を見ている立場からすると、批判され続けている日本型の英語教育には、それなりの汎用性があると感じています。
・単語を覚える
・文法を理解する
・英文を速く正確に読む
教える立場からすると、これは決して無駄な学習ではありません。
むしろ、「書き」「読み」中心の指導の方が、苦手な生徒から得意な生徒まで幅広く
「英語が習得できた」
という実感を持たせることができるような気がします。
また、多くの生徒にとって、単語や文法を知っておくことは、英語を学ぶうえでの土台にもなります。
学校英語では、「基礎」が限界
問題は、それだけで「英語を話せるようになる」と期待してしまうことです。
学校英語の役割は、英語の基礎を作ること。
必要に応じて、読める力を育てること。
その先で本当に英語を使う必要が出てきた人が、自分の目的に合わせてさらに学んでいく。
このように役割を整理した方が、現実的ではないかと思います。
結局のところ、
「学校の英語教育だけで、日本人全員が英語をペラペラ話せるようになる」
という考え方には無理があります。
社会に出て、本当に英語が必要な場面が訪れた時、企業や組織がその分野で必要な英語を、別途しっかり仕込んでいくしかないのではないでしょうか。
国がそうした企業や組織に補助を出すという形の方が、現実的な英語教育になる気がします。
英語教育の理想を語ることは簡単です。
しかし、現在の英語教育は「理想に過ぎる」ような気がします。
個人的には、学校英語ではまず、単語・文法・読解の基礎をしっかり固めるべきだと考えています。
そこまでが限界だと思います。
その上で、本当に英語を使う必要が出てきた人が、目的に応じて各自で集中的に鍛えていく。
それが、最も現実的な英語教育の形ではないかと思います。
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